【AC・トラウマからの開放を目指して】《背景》:命を頂く「鯉こく」

小さい頃は魚を食べようとしたら、ひょっと出てきた骨が食べにくさを覚え、ちびちび食べるのが嫌で苦手で、魚嫌いとなった。

ボーイスカウト・カブスカウトの頃の楽しかった思い出ってなく、割れるように頭痛くなって気持ち悪くなって(熱中症などで)日陰で休んだり、荷物に背負われるかのようにでかい体重より重いリュックを背負って行軍したりネッカチーフのムチでシバかれたり体が小さくていぢめられたり、仲のいいヤツなんてひっとりもいなかった。気がつくとボーイスカウトになる頃には周りは全部「敵」でした。

そんな状況に置かれていたんです。なのでいつやめたのかも記憶になく、フェードアウトしていったんじゃないかと思います。

さて「鯉こく」事件ですが隊長さんのとった驚きの行動は今から考えると「食べなきゃいけないもの」を眼の前から投げ捨ててくれることで、『取り去ったから無理して食べなくていいよ』と、そんな粋な取り計らいだったのかもしれないですね。一見すると皆んなの前ですごい怒られたようにも見え、示しがつきますから。

実際、給食でもこういうボーイスカウトでの食事にしても食べれないということはあまり記憶がなくてもっとショッキングな時でも食べれていたんです。嫌ならはなっから嫌だと断っていて、外では減らすが無くすかして避けてそれでも食べれないときには目を瞑って口に入れ・・・としてきていて、本当に食べれなかったのはすごく少なく記憶に残っているのはもっと少ない。魚だとただ喉に引っかかる小骨を繰り返してチミチミより分ける記憶が面倒さを生みやがて嫌いな食べ物になっていったんでしょうね。それはフライだろうと何だろうと原点は小さい体で受け止めた小骨は大人のそれとは同じじゃなかったんです。

ちなみに子供がいない猫好きな仲の良い夫婦の友人宅で「晩御飯食べてきなよ」と誘われ、それまで頑なに食べなかった焼き魚を食べたとき感動したのを覚えています。単純に美味しかったのだ。こうやって魚嫌いな部分は食べた30代ではすでに克服されていて、40代で「小骨の代表格『うなぎ』」も完全克服=寧ろ好きになってます。今の奥さんに連れて行ってもらった神田の鰻屋が美味しくて、本気で感動したんです。

本当はこうやって傷ついたインナーチャイルドは新しい事実に上書きされて育っていくんだと思います。『傷ついたその時のまま時間が止まった人格』は一つの体に『当時のママ』といういびつな形で共存するのだそうです。とある背景や受動的感覚がマッチした時突然その人格が顕れてそれを受け止めようとしてやっぱり拒否反応(フリーズ)を起こし更に深化していくように思えます。その傷ついた記憶のしがみつく人格は「なくならない」し「死なない」し「消えない」です。インナーチャイルドと呼ばれる由縁なのかもしれません。

強引に忘れようとか忌避して滅してしまおうというアプローチは寧ろその歪の人格は自ら「消えたくない」から抵抗し負荷がかかって負担になっていく疲弊してしまうことになる。

今を生きている私がその『小さい私』を真正面から受け入れて信頼しそんな『駄目』と卑下している『小さい私』を受け止めて完全に受け入れてあげることと、更に『小さい私』が変容(=成長)することが対策なのかもしれません。


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