新年明けましておめでとうございます。
今年も、弁天さんで「凶」をいただいてきました(`д´)ゞ相性がすごいですね!
さて、「架空」と書きましたが、その「空」の思想の元となったのは般若経で、さらには龍猛菩薩の「中論」までたどれると思います。
先にも書いたとおり、「有」「無」といった二元論にどっぷりつかる中、私には「一切皆苦」が受け入れられず、一旦、仏教の思想を捨てた者です。そこには「空」や「中道」の理解が足らなかったのは言わずもがなです。それでも、龍猛菩薩は三法印に付け加えて四法印にはしなかったんですね。戻ってきた甲斐あったってもんです。
今の日本の社会は二元論で、それが実相でマイノリティ=異端は徹底してつぶされますから。ある意味それは貨幣経済+資本主義+科学の投影する副産物のようにも思えます。かといって共産主義や社会主義に傾倒する気もないです。その系統で「頭いいなぁ」と思ったのは唯一「不破哲三」ぐらいで今でも持ち上げているところからすると超える人いないんでしょうかね?今の責任のなすり合いを常套手段にしている政治の中はどうでもいい話ですが。ただこの貨幣経済は仏教には相当に毒でもあったように思えます。都内に住んでいるとこの「貨幣」がないとどうにもならないところがありましたが、ちょっとズレて隣県の外れに住むと、物々交換的なところの一端に触れられます。在りし日の下町の風景(聞いた程度で実体験していませんが)も近かったのかもしれませんが。
初期仏教教団は第二回結集の後、アショカ王の時代に根本分裂を起こして大衆部と上座部に分かれたとされます。アショカ王のマウリア朝時代とされている(南伝ではさらに前のシシュナーガ朝時代とされているが、どっちであったとしてもすでにそういう流れであったのかもしれない)。インフラ整備を行い流通が盛んになり貨幣経済になっていったのがマウリア朝時代、アショカ王の功績ともいえる。根本分裂の原因が十の例外(上座部では十事非法とした)を認めなかったとしても時代の変革に対応できなかった教団側の問題なのかもしれず、私には腑に落ちない話でもあります。厳しい戒律を設けようとした時お釈迦様はどうされたのか?頑なな弟子に何と説いたのか?。というのは、現代でも頂き物をするとき欲しくなかった物や意図しない物であった場合、断れるか否かだと思いますし、在りし日を懐かしんでいても理想は理想として時代の変化に柔軟に対処できるのも必要だったのでは?時の上座部のあり方に疑問もあったりもします。私が今のテーラワーダに排他性を感じるのもここら辺りからでもあるのかもしれませんが、学ぶモノは混じりっけのない確かなモノでもあるので、成ってしまったモノはしょうがないということで閉めるしかないところでもあります。
ただ、この分裂により枝末分裂となり部派仏教の時代になっていくと、20の部派に分かれたとされています。大衆部に分類される部派の中には今の龍猛菩薩の中論の前身になったような考え方の部派(説仮部(Prajñaptivāda))も存在していたことがわかります。その名前に注目すると「Prajña(प्रज्ञ(般若=智慧))+pti(प्ति(夫))」は「仮の指定・設定」(「概念」)の意味であり、「vāda(वाद(主義))」という意味で、説仮部という訳は妙ですね。「Prajña(प्रज्ञ(般若=智慧))+pti(प्ति(夫))」の「Prajñapti(प्रज्ञप्ति 「仮の指定・設定」)」は「施設」とか、仮設・仮説(けせつ)、説仮(せつけ)、仮名(けみょう)という単語(漢訳)に置き換えられます。弘法大師が「三教指帰」の中で仏教者を「仮名乞児」としたのはこれらの事実も知っていてだったとしたら頷けますね。
敢えてお大師に倣って仮名(けみょう)とは「空」の概念です。大乗起信論の帰敬偈の法宝を意味するところ 「彼の身の体相の法性真如海、無量の功徳蔵」とありますが、「法性真如海」は「仏様の本体」を意味し、「真如」は「空性」です(「『大乗起信論』を読む」竹村 牧男著)。大日如来は法身です。毘盧遮那考察(4)で書いたとおり、「法身」の「実相」です。真如海は言い換えれば「空海」ですね。弘法大師に曰く、「五大皆響き有り 十界に言語を具す 六塵悉く文字なり 法身は是れ実相なり」です。龍猛菩薩は「中論」において、帰謬法で「法有」を否定していってたどり着くのが「衆因縁生の法、我即ち是れ無なりと説く。亦た是れ仮名(けみょう)と為す。亦た是れ中道の義なり」(鳩摩羅什訳)で「縁起」=「空」=「仮名(けみょう)」=「中道」が等号で繋がれた公式を生み出せると思えます。切り離さず思惟すると、中村元先生の説が、弘法大師の伝えたかったことに一致してくると思うのは私だけでしょうか。
それぞれ細かく触れていきたいところですが、ここまでにさせてくださいませ。ちなみに、正月の休みにシコシコ画いたものまで使うには至らなかった~。ごめんなさい。
いや~、うん○!
になってしまったのでした~。
まぁ、凶のおみくじも、またこれ空なのですよ。