「戦前の家長制度」の影響か何かは知らないが「一番風呂」を誰が入るのかで争うというくっだらない慣わしがあった。こんなことが日々の口論の口火を切ることになる。
15年前、11月に入った頃、いつものごとく口論となり、今日の酒宴の肴が「風呂の順番」となったのはいうまでもない。
さてその翌日昼過ぎから父母で口論を始め、のそのそ外に出ようとした父に、母は「あなたは馬鹿じゃないの?」「そんなんで行けるわけないでしょ」と散々の罵声を浴びせながら、その日、すでに弱っていた父は搬送先の主治医のいる病院で息を引き取った。
叫喚地獄の日々に終止符が打たれたわけだが、当然前日の「酒宴の肴」の怒りもあり「帰って来るなバカが」の望みがかなった日でもあり、苦い想いを未だに抱くこととなる。