習字を習うことになって、学校以外では、はじめて教室に連れて行かれた記憶がある。
「そろばん」と「ピアノ」と「習字」から選ばされたそうだ。そのとき「そろばん」と「ピアノ」は断ったと聞く。
多分、「ただ遊ぶ時間が削られることが嫌」で断っていったのだと思うが、いずれにしても「やらない」という選択肢はなく、母親に無理やりやらされ、まして教室の下見などは一切した記憶はない。そもそも見たこともやったことも行ったこともないものを理解はできないし選択できるものだろうか不思議である。
こういう「あなたが断ったからだ」と平気で言い放ち、抵抗もできない強制、親の自己満足とそもそも選択肢のないダブルスタンダードが増えていった。
今となっては、子供の頃は我慢をさせることも必要というが、毎晩酒宴に強制参加させられ恐怖や感情を抑え我慢を強いられてきていた子供にそれ以上の我慢は必要?。もっとやることがあったでしょうに。
私も家出すれば(できれば)よかったわけでしょうが、それを選択する頭はなかったですよ、だから全て我慢したんです。結果、深い傷が残ったわけです。